守るも攻めるもクロガネの・・・

これは、人格的なものの基本構造にも影響しているためか、例えば、サッカーを基調とした(?或いは、から発展分化していった)球技におけるDF(ディフェンダー)の存在も実のところ疑問なんですよ。(登録上?)守備の人って一体何なの?攻撃しないわけでもないのに・・・?野球だと明確に分かれている気がしますが、攻撃の順番を待ちつつ得点を挙げて勝敗を決める感じですよね。うーん。ディフェンディングチャンピオンとかいう表現はありますが、ディフェンスって?プロレスとかは、相手の技を受けることで強さを引き立たせる事もありますが、その他の格闘技って見た目はあるかもしれないけど、攻守の争いではなく、常に両者は攻め続けているし、公営競技?(ギャンブル)の競馬競輪競艇オートも走路のブロックは有るけど守備ではないと思うし、モータースポーツ陸上競技、水泳などに守備というのは見当たらない。時折ゴルフとかも「攻めのゴルフ(走り)、守りのゴルフ(演技?)」って言いますが、それは失敗を恐れない攻めか、確率が高い方法をとった攻めであって実際は守りでもない。これを実生活に転換すると「守りの生活」は計画性のある生活で、貯金や保険に加入して真面目に働く勤勉で清貧な「アリ」さんで、「攻めの生活」は、勢いで何も考えずに、後先考えず貯金も無く、博打に手を染め仕事も一か八かの判断で進める「キリギリス」さんなんでしょうか?